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不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金に民法405条の類推適用を否定した最高裁令和4年1月18日判決

 民法405条は、利息の支払が1年分以上延滞し、債権者が催告してもその利息が支払われない場合、合意がなくても、債権者は延滞した利息を元本に組み入れて複利とすることが出来る旨定めています。

 大審院昭和17年2月4日判決は金銭消費貸借の遅延損害金について、民法405条の類推適用を認めていましたが、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金について、争われたのが本最高裁の事案です。

 最高裁は、民法405条について、「債務者において著しく利息の支払を延滞しているにもかかわらず,その延滞利息に対して利息を付すことができないとすれば,債権者は,利息を使用することができないため少なからぬ損害を受けることになることから,利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たものと解される。」「遅延損害金であっても,貸金債務の履行遅滞により生ずるものについては,その性質等に照らし,上記の趣旨が当てはまる」。 「これに対し,不法行為に基づく損害賠償債務は,貸金債務とは異なり,債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから,債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって,一概に債務者を責めることはできない。」「不法行為に基づく損害賠償債務については,何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており」「上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性も乏しい。」と判示し、民法405条の類推適用を否定しました。

 そもそもの405条の典型的な適用場面の確認と(単純な金銭消費貸借契約であっても争いがあったり、回収可能性の検討が求められることも多くありそうです。)、弁護士として取り扱うことの多い交通事故訴訟への影響や、他の損害賠償の射程なども整理しておく必要がありそうです。




「危険運転致死傷事件の弁護」(季刊刑事弁護111号)

 危険運転致死傷事件は、相談にのることも多い刑事事件の類型です。

 期間刑事弁護111号では、危険運転致死傷事件に関する特集が組まれています。

 まず、高山巌弁護士の「危険運転致死傷罪の基礎知識」で、自動車運転致傷行為等処罰法の各条文に関する解説がなされています。

 そのあとの具体的な事例報告では、過失運転致死傷罪で起訴された後に危険運転致死傷罪に訴因変更された大阪地裁平成28年11月2日判決、過失運転致死罪で勾留された後危険運転致傷罪で起訴された事例が掲載されています。

 危険運転致死傷罪よりもはるかに相談にのることが多いのが過失運転致死傷罪であり、事例報告で問題となった構成要件の(飲酒により)「正常な運転が困難」、(赤信号を)「殊更に無視」、(薬の接種により)「正常な運転が困難」の理解は、弁護方針を決める上でも極めて重要という印象を持ちました。




自然災害ガイドライン(コロナ特則含む)に関連する注意喚起

  一般社団法人 東日本大震災・自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関から以下のような注意喚起がありました。

 「先日、登録支援専門家から、一部の債務者が「自然災害による被災者の債務 整理に関するガイドライン」(「同ガイドラインを新型コロナウイルス感染症に適用する場合の特則」含む。)を利用するための支援を実施するとして多額の報酬を支払っている事案が発生している、との情報提供がございました。」

 注意喚起の文章のとおり、同ガイドラインを利用するために登録支援専門家に報酬等を支払う必要はありませんし、利用するための報酬を何らかの団体に支払う必要もありません。

 金融庁やお住まいの地域の弁護士会、借り入れのある金融機関に問い合わせることをご検討ください。




「AI・データ倫理の教科書」(弘文堂)

 顧問先の会社から、AI等に関する問い合わせを受けることもあります。

 福岡真之介弁護士の「AI・データ倫理の教科書」は、これまでのAIに関する倫理の議論を網羅的に紹介するものです。

 第3章「AI・データ倫理が問題となった事例」で紹介されている事例は全体として非常に参考になりますし、「故人をよみがえらせる」ということについて議論となっているナヨンちゃんの事例などは特に興味を惹かれます。




民事裁判書類電子提出システム(mints)のメモ

 運用開始が予定されているmintsのメモです(日弁連e-lerningから)。

 裁判所ホームページ(民事裁判書類電子提出システム(mints)について)のページも参考になります。

 東京地裁民事5部からの案内では、「mintsって何?」という吹き出しに対し、「FAXに代わり、インターネット上の専用サイトに書面データをアップロードすることで、準備書面や書証を提出できるシステムです。 提出のためにいちいち印刷・FAXするのは面倒に感じませんか?」という説明と、「チームズと違うの?」という吹き出しに対し、「チームズ上の共有ファイルは訴訟資料にするためには別途提出が必要➡mintsを使えばそのまま正式提出 ※ウェブ会議(ビデオ通話)は、これまでどおりチームズを使います。」とありました。

1 FAXで提出できるもの 規則3条1項

  準備書面、書証の写し、証拠説明書 

   訴状は議論中 電子納付とあわせて

  現行法上手数料納付が必要な書面等はだめ

  提出のみならず直送もできる

2 エッジ、クローム

  アップルは動作保証していない

3 システム利用時間

  365日 24時間←Teamsと異なる。

4 双方訴訟代理人の同意が要件

5 提出できるのはA4のpdf

  白黒印刷される。mintsの画面上はカラー

  その他は「参考書面」ととして提出、訴訟記録にならない

6 一旦アップしたデータは裁判所、相手方へ共有され、削除できない

  別事件のデータをアップしたような場合は、削除可能

7 裁判所が設定した書面提出期限の通知機能、アラート機能

8 参加人等が不同意の場合できない

9 準備書面等のデータの押印 不要

  サインインをしているので

10 一太郎データはアップできない(TEMSはできる)

  pdfにしてから

11 写真、動画だめ 

  写真貼付けは可能、動画貼付けはだめ

12 1回のアップの上限50メガバイト

11 受訴裁判所がアップロードする機能もあるが、手数料を要する書面をアップすることはない

12 補助事務員の登録 1名まで

13 弁護士法人が受任の場合も原則弁護士個人で登録

14 証拠の甲号証等のスタンプ等は必要

15 Teamsとmintsは、受訴裁判所が適宜使い分ける可能性

16 海外からのアクセスは遮断される

17 2段階認証時の電話番号 本人がとれる番号であればよい




管理監督者該当性が否定された場合に、管理監督者に該当することを前提に支払っていた管理職手当が不当利得に当たるとされた東京高裁令和元年12月24日判決

 残業代請求がされた場合に、使用者側の抗弁として当該労働者が管理監督者に該当することを主張する場合があります。

 使用者が管理職手当を支払っている場合もありますが、当該労働者の管理監督者性が否定された場合に、支払っていた管理職手当が不当利得に該当するとしたのが、東京高裁令和元年12月24日判決です(労働判例1235号40頁)。

 最高裁が令和2年9月25日不受理決定により確定しており、支払い済みの管理職手当について不当利得を理由とする反訴がなされていました。

 ざっくりまとめると、使用者側は当該労働者を労基法上の管理監督者に該当すると誤解して管理職手当を支払っていたのであるから、管理監督者に該当しない当該労働者は管理職手当を受給することはできないことになり、したがって管理職手当に相当する金額の受領は法律上の原因がなく不当利得に該当するとしたものです。

 弁護士がこの裁判例の射程がどのような場合に及ぶのかを検討するに際しては、管理監督者扱いされていた労働者に対する手当がどのような趣旨の手当なのかの慎重な検討が重要と考えられます。




建材メーカーが、石綿含有建材の製造販売に当たり、当該建材が使用される建物の解体作業従事者に対し、当該建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示すべき義務を負っていたとはいえないとした最高裁令和4年6月3日判決

1 建物の解体作業等に従事した後に石綿肺、肺がん等の石綿(アスベ スト)関連疾患にり患した方が、建材メーカーらに対し、当該疾患へのり患は、建材メーカーらが、石綿含有建材を製造販売するに当たり、当該建材が使用される建物の解体作業等に従事する者に対し、当該建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等(以下「本件警告情報」という。)を表示すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を履行しなかったことによるものであるなどと主張して、不法行為等に基づく損害賠償を求めた事案に関する判断が示されました。

2 事実関係の概要は以下のとおりです。

⑴ 石綿は、天然に産出される繊維状けい酸塩鉱物(クリソタイル、クロシドライト等)の総称であり、耐熱性等にその特長を有し、建材等に広く使用されてきた。我が国で使用されてきた石綿含有建材には、壁や天井の内装材として用いられるスレートボード及びけい酸カルシウム板、外壁や軒天の外装材として用いられるスレート波板等があった。

⑵ 鉄骨造建物の工事においては、躯体となる鉄骨の耐火被覆として、石綿とセメント等の結合材を混合した吹付け材が用いられていた。建物の解体工事において、石綿含有建材の切断、破砕、除去等をする際に、当該建材に含まれる石綿が粉じんとなって発散し、解体作業従事者が石綿粉じんにばく露することがあった。

⑶ 石綿関連疾患には、石綿肺、肺がん等がある。石綿肺は、石綿粉じんを大量に吸入することによって発生する疾患であり、じん肺の一種である。肺がんは、肺に発生する悪性腫瘍の総称である。石綿粉じんのばく露量と肺がんの発症率との間には、直線的な量反応関係(累積ばく露量が増えるほど発症率が高くなること)が認められる。

⑷ 石綿粉じんへのばく露と石綿関連疾患のり患との間の因果関係に関しては、石綿肺につき昭和33年3月頃に、肺がん、中皮腫等につき昭和47年頃にそれぞれ医学的知見が確立し、昭和48年までに当該知見を基礎付ける研究報告等が国際機関等により公表されていた。

3 原審は、建材メーカーらの不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容したが、最高裁は以下のとおり判示して建材メーカーらの責任を認めませんでした。

⑴ 石綿含有建材の中には、吹付け材のように当該建材自体に本件警告情報を記載することが困難なものがある上、その記載をしたとしても、加工等により当該記載が失われたり、他の建材、壁紙等と一体となるなどしてその視認が困難な状態となったりすることがあり得る。

⑵ 建物において石綿含有建材が使用される部位や態様は様々であるから、本件警告情報を記載したシール等を当該建材が使用された部分に貼付することが困難な場合がある上、その貼付がされたとしても、当該シール等の経年劣化等により本件警告情報の判読が困難な状態となることがあり得る。本件警告情報を記載した注意書及びその交付を求める文書を石綿含有建材に添付したとしても、当該建材が使用された建物の解体までには長期間を経るのが通常であり、その間に当該注意書の紛失等の事情が生じ得るのであっ て、当該注意書が解体作業従事者に提示される蓋然性が高いとはいえない。

⑶ 建材メーカーは上記の貼付又は交付等の実現を確保することはできないし、その製造販売した石綿含有建材が使用された建物の解体に関与し得る立場になく、建物の解体作業は、当該建物の解体を実施する事業者等において、当該建物の解体の時点での状況等を踏まえ、あらかじめ職業上の知見等に基づき安全性を確保するための調査をした上で必要な対策をとって行われるべきも のということができる。

4 弁護士としては、いわゆる泉南アスベスト、建設アスベストに関する最高裁判例やその成果としての救済制度の理解(石綿(アスベスト)工場で勤務していた方向けの制度として厚労省ホームページ、建設アスベスト給付金制度について厚労省ホームページ)と残されている論点の確認、アスベストに関する各救済法の理解、労災手続きやその他の特別法の確認も必要かもしれません。




薬物再濫用防止プログラム

 保護観察に付されることとなった犯罪事実に指定薬物又は規制薬物等の所持・使用等に当たる事実が含まれる仮釈放者又は保護観察付執行猶予者(特別遵守事項で受講を義務付けて実施)に対して保護観察所によって実施されます(薬物再濫用防止プログラムの概要)。

 覚醒剤の自己使用の事案などが典型例です。

 まず2週間に1回程度計5回のコアプログラムが実施され、その後、月に1回程度ステップアッププログラムと呼ばれる課程が保護観察終了まで実施されることになります。

 定期的に尿検査も行われ、民間の医療機関との連携も行われます。

 対象者の意向を踏まえた運用がなされており、保護観察が付されることが前提になる点など、弁護士として制度の理解を前提に、依頼者の意向を確認する必要があります。




司法試験短答試験の合格発表

 先日実施された司法試験の短答式試験の合格発表があり各法科大学院別の合格者も発表されています。

 受験者3060人の内2494人が合格しています。

 予備試験合格者は、405人の内404人が合格しています。




強制採尿令状の発付に違法があっても尿の鑑定書等の証拠能力は肯定できるとされた最高裁令和4年4月28日判決

1 最高裁令和4年4月28日第一小法廷判決は、強制採尿令状の発付手続きに違法があったとしても、当該令状に基づいて得られた尿の鑑定書等の証拠能力は肯定できる旨判示しました。

 刑法学者出身の山口厚裁判官、弁護士出身の岡正晶裁判官が関与していますが、全員一致の判断でした。

2 捜査の経過等の事実関係は以下のとおり認定されています。

⑴ 警察官らは、令和元年7月26日に別件大麻取締法違反で現行犯逮捕した者 (以下「参考人」という。)の尿から覚醒剤が検出されたことから、覚醒剤の入手先について参考人を取り調べ、「被告人から何度か覚醒剤を買った。」旨の供述を得るとともに、被告人に覚醒剤事犯の多数の犯歴があること(被告人は覚醒剤取締法違反の前科7犯を有し、平成16年以降の前科は覚醒剤自己使用の罪又はこれを含む罪による4犯であって、平成30年12月に最終前科による服役を終えていた。)を確認するなどした。

⑵ A警部は、令和元年10月15日、福岡簡易裁判所裁判官に対し、被告人について、覚醒剤の譲渡を被疑事実とする被告人方等の捜索差押許可状及び覚醒剤の自己使用を被疑事実とする被告人の尿を採取するための捜索差押許可状(以下「本件強制採尿令状」ともいう。)を請求したが、これに先立ち、警察官が被告人に接触するなどしたことはなかった。本件強制採尿令状請求書記載の犯罪事実(以下 「本件犯罪事実」という。)の要旨は、「被疑者は、令和元年10月上旬頃から同月15日までの間、福岡県内又はその周辺において、覚醒剤若干量を自己の身体に摂取し、もって覚醒剤を使用したものである。」というものであった。A警部は、本件強制採尿令状請求の疎明資料である捜査報告書に、「被疑者の過去の採尿状況」として、平成20年から平成31年4月までの間、4回任意採尿を拒否して強制採尿を実施し、うち2回は鑑定の結果覚醒剤の含有が認められ、そのうち1回は任意採尿を拒否した後逃走し、令状の再請求後に強制採尿を行ったこと、「強制捜査の必要性」として、被疑者は過去に任意で尿を提出したことはなく、捜索時警察官に対し、「令状がないと応じない」旨の言動を繰り返しているため、警察官の説得に応ずる可能性は極めて低いものと認められ、過去に強制採尿令状の請求準備中に逃走したことがあるので、同令状の取得が必要不可欠であること、覚醒剤の「味 見」をしなければ密売人として活動できないことから、被疑者が自己使用している蓋然性が高いことなどを記載した。また、A警部は、平成27年と平成31年に被告人に対して任意採尿の説得をした際に作成された捜査報告書も疎明資料として添付した。同裁判所裁判官(以下「令状担当裁判官」という。)は、令和元年10月15 日、上記各許可状を発付した。

⑶ B警部補らは、同月16日、被告人方に行き、被告人方等の捜索差押許可状を執行したが、その際、被告人は痩せて頰がこけており、会話はできるがろれつが回らない状態で、立ち上がるとふらふらしていた。B警部補は、この様子を見て覚醒剤使用を疑い、被告人に対して尿を任意提出するよう求めたが、被告人はこれを拒否した。その後も、B警部補は、被告人に対して尿の任意提出を求め、これを促すなどしたが、被告人がいずれも拒否したことから、本件強制採尿令状を執行した。B警部補は、被告人に対して被告人方で尿を出してほしい旨伝え、しばらく待ったものの、被告人が排尿しなかったため、同令状記載の医院に被告人を連行し、同医院内のトイレで被告人に採尿容器を渡して自然排尿を促したが、被告人が不正な行為をするような様子が見られたことから、自然排尿を打ち切り、その後、医師によりカテーテルを用いた採尿が行われた。採取した尿を鑑定したところ、覚醒剤の含有が認められた。

3 原判決は、以下のように理由の要旨を述べ、本件鑑定書等の証拠能力は認められないとして、訴訟手続の法令違反の控訴趣意をいれ、第1審判決を破棄し、被告人に対して無罪を言い渡した。

 本件犯罪事実について、強制採尿令状を発付するに足りる嫌疑があったとは到底認められず、最終的手段としての強制採尿の必要性の点でも、本件強制採尿令状の 発付は要件を欠いた違法なものであり、同令状の執行としての強制採尿手続も違法である。本件強制採尿令状の法規範からの逸脱は甚だしく、上記各要件の重要性に 照らせば、この違法は深刻なものである。本件では、捜査機関によるずさんな、ま た、不当に要件を緩和した令状請求に令状担当裁判官のずさんな審査が加わって、事前の司法的抑制がなされずに令状主義が実質的に機能しなかったのであり、こうした本件一連の手続を全体としてみると、その違法は令状主義の精神を没却するような重大なものである。そして、本件鑑定書等を証拠として許容することは、本件 のような違法な令状が請求、発付されて、違法な強制採尿が行われることを抑止する見地からも相当でないと認められる。

4 最高裁は以下のとおり述べて、証拠能力を肯定しています。

 被疑者の体内からカテーテルを用いて強制的に尿を採取することは、被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に は、最終的手段として、適切な法律上の手続を経て、被疑者の身体の安全と人格の保護のための十分な配慮の下にこれを行うことが許されると解するのが相当である (最高裁昭和54年(あ)第429号同55年10月23日第一小法廷決定・刑集 34巻5号300頁参照)。本件においては、参考人の供述内容と被告人の犯歴等を併せ考えても、本件強制採尿令状発付の時点において、本件犯罪事実について同令状を発付するに足りる嫌疑があったとは認められないとした原判断が不合理であるとはいえない。また、前記のような被告人の過去の採尿状況に照らすと、被告人が本件当時も任意採尿を拒否する可能性が高いと推測されるものの、原判決も説示するとおり、同令状請求に先立って警察官が被告人に対して任意採尿の説得をしたなどの事情はないから、同令状発付の時点において、被告人からの任意の尿の提出が期待できない状況にあり適当な代替手段が存在しなかったとはいえない。したがって、同令状は、被告人に対して強制採尿を実施することが「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合とは認められないのに発付されたものであって、その発付は違法 であり、警察官らが同令状に基づいて被告人に対する強制採尿を実施した行為も違法といわざるを得ない。

 しかしながら、警察官らは、本件犯罪事実の嫌疑があり被告人に対する強制採尿の実施が必要不可欠であると判断した根拠等についてありのままを記載した疎明資料を提出して本件強制採尿令状を請求し、令状担当裁判官の審査を経て発付された適式の同令状に基づき、被告人に対する強制採尿を実施したものであり、同令状の執行手続自体に違法な点はない。同令状発付の時点において、嫌疑の存在や適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、被告人に対する強制採尿を実施することが「犯罪の捜査上真にやむを得ない」場合であるとは認められないとはいえ、この点について、疎明資料において、合理的根拠が欠如していることが客観的に明らかであったというものではない。また、警察官らは、前記のような態度等を示した被告人に対して、直ちに同令状を執行して強制採尿を実施することなく、尿を任意に提出するよう繰り返し促すなどしており、被告人の身体の安全や人格の保護に対する一定の配慮をしていたものといえる。そして、以上のような状況に照らすと、警察官らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったともいえない。これらの事情を総合すると、本件強制採尿手続の違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえず、本件鑑定書等を証拠として許容することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとも認められないから、本件鑑定書等の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当である。 

5 強制採尿に関する最高裁昭和55年10月23日第一小法廷判決は、司法試験の勉強を始めた当時、このような捜査手法が許されるのかと衝撃を受けた記憶があります。

 同最高裁が要件として判示していた「犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に は、最終的手段として、適切な法律上の手続を経て」等を踏まえた判断とは言えないのではないかと考えられます。なお、覚醒剤の自己使用が、「被疑事件の重大性」の要件を満たすのかという素朴な疑問もありますが、このこと自体は前記最高裁が前提としていることになります。




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