給与の支払いについて,例えば末締め10日払いの定めを賃金規程に定め実際そのように運用している場合には,労働基準法24条が定める賃金支払いについての諸原則に反することはないと一般的に考えられています。
ところが,労働者が退職または死亡した場合については別の取扱をすることが求められます。
すなわち労働基準法23条1項は,労働者が退職又は死亡した場合について,「7日以内に賃金を支払い,積立金,保証金,貯蓄金その他名称の如何を問わず,労働者の権利に属する金品を返還しなければならない。,」と定めています。
したがって,退職者から請求があった場合には,7日以内に給与を支払わなければならないことになります。
退職金についても労働基準法23条1項の「賃金」に該当するものと一般に考えられており,労働基準法23条1項の適用により7日以内に支払うことが必要とも考えられますが,行政解釈では,あらかじめ就業規則等で定められた支払時期に支払えば足りるものとされており,実務上もそのように取り扱われていますが,法解釈の観点から,弁護士としては若干気になる部分もあります。
追加変更工事の合意の存在が争われる場合に,「商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは,相当な報酬を請求することができる。」と定める商法512条に基づく相当額の報酬が請求される場合があります。
しかし,同条の「他人のため」の要件をみたすには,民法697条の事務管理の要件をみたす必要がありますが,①施主の利益のためにする意思に基づいて行われること,②施主の意思及び利益に反しないことという要件をみたすのは難しいことが多いと思われます。
さらに,商法512条は任意規定であり,当事者間において工事を無償とする旨の合意は抗弁として主張できることから,有償合意が認められない場合,すなわち,商法512条が問題となる状況では,無償合意が認定できる場合もあるという指摘もなされています。
この場合の無償合意には,当初の見積金額の範囲内で行うことの合意や,当初予算の範囲内で当該工事を行うことの合意も含まれるものと考えられます。
三重県四日市市の近鉄四日市駅近くに,弁護士法人心四日市法律事務所を開設しました。
弁護修習先の事務所が四日市でしたので(もう10年以上前ですが),個人的になじみのある地域です。
連帯保証人のみに対する仮差押えの申立てを行うべきかについて,種々の事情から検討することが実務上あり得ます。
弁護士が扱う企業間の紛争では,すくなくとも従来は,連帯保証人が存在することは珍しくありませんでした。
連帯保証人には,実体法上催告の抗弁権や検索の抗弁権がないことから,仮差押え手続きの保全の必要性の要件の観点からは,連帯保証人の資力のみを審理の対象にすれば足りるという見解も成り立つと思われます。
このような見解によれば,疎明資料も少なくて済むことになります。
しかし裁判所の基本的考え方は,まずは主債務者の資力について一応の調査をすることとしているようです。
主債務者と連帯保証人双方に対する仮差押えの場合には,主債務者の資産では全額の執行をできなくなる恐れがあることの疎明と,両名に対する債権額が客観的に存在する額を超えないようにすることが求められます。
法務省において,性犯罪に関する刑事法の検討会が開催されています。
著名な刑法学者,刑事訴訟法学者,弁護士,臨床心理士等が委員として参加しています。
刑事実体法の観点からは,暴行脅迫要件の撤廃や不同意性交等罪の創設等が議論されるようです。
また,刑事訴訟法の観点からは,公訴時効制度の見直し,刑事手続における司法面接の位置付け,起訴状における被害者の氏名秘匿制度の創設等が議論されるようです。
かなり珍しいと思いますが,同検討会について,「開催にあたって提出された各委員の自己紹介及び意見」が掲載されています。
井田良中央大学教授(座長)の ,「この検討会に期待されているのは,2017年の刑法一部改正後の状況を踏まえ,より効果的な被害者保護を可能にするとともに,無罪推定の原則をはじめとする伝統的な刑事法の基本原則をゆるがせにすることのない,新たな性犯罪処罰の在り方を模索し,その将来像を描くことであると考えています。しかし,それは言うは易く,応じることはきわめて困難なミッションで す。刑事立法の全体に通じることですが,法改正にあたっては,立法事実としての被害の実態についての正確な認識が前提とされるのはもちろん,現行の刑事実務についてのバランスのとれた深い知識が必要であり,過去と現在の日本の刑罰法令についての周到な理解,外国の法制についての幅広い知見,さらには,およそ刑法の果たすべき社会的機能と役割についての理論的・法哲学的洞察も欠くことはできないでしょう。超人でもなければ,1人でそれらすべてを兼ね備えることはできません。したがって,複数の専門家がそれぞれの立場からの知見を提供し合い,それぞれに足らざるところを謙虚に学び合い,補い合うことなくしては,困難なこの課題に応えることは到底できないのです。」,「委員の皆さんには,ぜひお願いしたいことがあります。それぞれの領域の専門家であれば,自分の領域に関わる他の委員の発言の中に認識不足を感じられることがあるかもしれません。しかし,そういう自分の発言が,他の専門領域に踏み込むときには,底の浅さを露呈しないという保証はないのです。われわれ1人ひとりは,この巨大なテーマの前では実にちっぽけな存在にすぎないという謙虚さを持つべきでしょう。自分の得意とする領域に関わる他の委員の発言には大いに寛容であるべきですし,逆に,自分の専門領域を越えたところにある論点についても,遠慮なく発言していただきたいと思います。この検討会では,協力的・協調的な雰囲気の中で,それぞれの分野の専門家の集まりらしく質の高い,しかも気品のある議論を展開することにより,わが国におけるこの種の議論の模範を示すことができれば,と思っております。」という部分が,この検討会の扱う問題の難しさを端的に示しているような気がします。
また,和田俊憲東京大学教授の意見は,「 まず,強制性交等罪や強制わいせつ罪といった中核的な性犯罪を,純粋に性的自由に対する 罪と見るのは,もはややめた方がよいと考えている。」という文章から始まります。
この論点に興味のある方は,一読をお勧めします。
判例時報2440号72頁に掲載されている京都地裁令和元年10月24日判決です。
過失の認定について,「本件において,原告が参加した本件ノック練習は,野球経験の豊富なAが強度の高いノックを行うものであって,ソフトボール部における練習の中でも比較的負傷の危険性が高いものであったと考えられる上,そもそも原告自身の能力向上ではなく他の部員の手本とするものであったという点で,原告を本件ノック練習に参加させる必要性が必ずしも高かったとはいえないことに加え,Aが原告を本件ノック練習に参加させるに当たり,原告が何度も痛みを訴える程度に左手親指を負傷していることを認識していたにもかかわらず,Aは,本件ノック練習への参加の可否について原告の判断に任せただけで,原告の負傷について聞き取りを行うなどの配慮をしたとは認められない。また,Aは,原告を本件ノック練習に参加させるに当たり,原告の負傷の状態に照らして更なる負傷の可能性を高めないようノックの強さを調節するなど練習内容を工夫したとも認めることができない。そうすると,原告の捕球能力が他の部員よりも高く,本件事故前に原告が同程度の強度の打球を捕球できていたことを考慮しても,指導に当たったAにおいて原告に対する安全面への配慮に欠けるところがあったというべきである。」と判示しています。
障害等級13級が認められており,損害の合計額を846万2081円とし,素因減額を否定したうえで2割の過失相殺を行い,結論として,676万9665円の損害を認定しています。
弁護士として,部活等での事故の相談にのる際に参考になると思います。
労働基準法114条で認められている付加金の請求権の2年(改正後の労働基準法では3年とされました)は除斥期間とされています。
弁護士がいわゆる残業代請求を行う場合には,いきなり訴訟提起(労働審判を含む)をするのではなく,内容証明による請求を行って残業代請求権についての消滅時効の成立を回避しつつ,交渉し,合意に至らない場合に訴訟手続きを行うというのが一般的です。
そうすると,未払割増賃金の請求権の2年(改正後の労働基準法では当面の間3年とされました)は時効を定めたものと解されていることから,未払割増賃金と「同一額」の付加金請求権が認められることはほとんどないということになります。
いきなり訴訟提起しないことが紛争解決の観点からは望ましい場合があるとすれば,事実審の口頭弁論終結時までに会社が未払割増賃金を支払えば付加金支払いを命じることができないとする最高裁平成26年3月6日判決の立場からも,付加金が割増賃金の未払いに対する制裁的な制度としては徹底されていないと感じることもあるところです。
なお,改正債権法に合わせて,4月1日から施行されている改正労働基準法の概要は以下のとおりです。
1 賃金請求権の消滅時効期間の延長等
・ 賃金請求権の消滅時効について、令和2年4月施行の改正民法と同様に5年に延長する。
・ 消滅時効の起算点が客観的起算点(賃金支払日)であることを明確化する。
・ 退職手当(5年)、災害補償、年休等(2年)の請求権は、現行の消滅時効期間を維持する。
2 記録の保存期間等の延長
・ 賃金台帳等の記録の保存期間について、賃金請求権の消滅時効期間と同様に5年に延長する。
・ 割増賃金未払い等に係る付加金の請求期間について、賃金請求権の消滅時効期間と同様に5年に延長する。
3 施行期日、経過措置、検討規定
・ 施行期日は,改正民法の施行の日である令和2年4月1日
・ 経過措置として,賃金請求権の消滅時効、賃金台帳等の記録の保存期間、割増賃金未払い等に係る付加金の請求期間は、当分の間は3年。 施行日以後に賃金支払日が到来する賃金請求権について、新たな消滅時効期間を適用する。
※この経過措置については,非常に議論のあったところであり,憲法も含めた議論が今後もなされるかもしれません。
判例タイムズ1470号31ページで紹介されている大阪高裁令和元年9月26日判決です。
差押処分の取消請求についての訴えの利益,配当処分の取消請求についての訴えの利益は否定し,配当処分の無効確認請求については,不当利得返還請求ができることを理由に補充性を否定したうえで,不当利得の要件のなかで本案の検討を進めています。
本判決は,原則として給料等が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権が差押禁止債権としての性質を承継するものではないとしつつ,国税徴収法76条1項及び同2項が給与生活者の最低の生活を維持するために必要な費用等に相当する金額を差押禁止にした趣旨をふまえ,実質的に差押えを禁止された給与等の債権を差押えたものと同視できる場合には,違法となると判示したものです。
民事執行法上の差押さえの場合には,滞納処分とは異なり,債権者が当該預金債権の原資が給与であるか否かは不明である点がら,滞納処分としての差押えと大きく異なると言えます。
1 契約に基づく給付が行われた場合に、それに起因して直接には契約関係にはない第三者が経済的損害を受けた場合に,不法行為責任を負うべきかについては議論があります(新注釈民法⒂788頁では,各種の「取引関係における不法行為」の内,「給付起因損害類型」と分類されています。同書では,不法行為法の議論の対象が,伝統的に取引行為が介在していない場合であったといえること,取引関係にある者の間では,契約責任と不法行為責任の選択や調整の議論が主にされてきたという指摘があります。)。
2 最高裁平成19年7月6日判決は、直接の契約関係にない建物取得者の設計・施工者等に対する不法行為責任を認めた裁判例です。
当該判決では、「建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。」と判示しました。
3 このような場面で原則として不法行為責任を否定する根拠として、当事者の合意や任意法規により分配されているリスクが無意味になるという指摘や、賠償請求を直接の被害者に集中させるべきという指摘がされているようです。
なお,債権者代位権の転用や,直接訴権の考え方により解決を目指す学説もあるようです。
4 登記手続きの専門家である司法書士の第三者に対する責任について判断を示した最高裁令和2年3月6日判決では、「司法書士の職務の内容や職責等の公益性と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと,登記申請の委任を受けた司法書士は,委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し,このことが当該司法書士に認識可能な場合において,当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは,当該第三者に対しても,上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負い,これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがあるというべきである。」として,弁護士の専門家責任を考える上でも重要な指摘といえます。