名古屋市の弁護士 森田清則(愛知県弁護士会)トップ >> 労働 >>  被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合,被用者は相当と認められる額を使用者に求償することができるとした最高裁判例(令和2年2月28日判決)

 被用者が使用者の事業の執行について第三者に加えた損害を賠償した場合,被用者は相当と認められる額を使用者に求償することができるとした最高裁判例(令和2年2月28日判決)

1 原審は,「被用者が第三者に損害を加えた場合は,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者が上記損害の全額について賠償し,負担すべきものである。民法715条1項の規定は,損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,使用者にも損害賠償義務を負わせ ることとしたものにすぎず,被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならな い。また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合において,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが,これは,信義則上,権利の行使が制限されるものにすぎない。 したがって,被用者は,第三者の被った損害を賠償したとしても,共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き,使用者に対して求償することはできな い。 」と判示して,被用者の使用者に対する求償を否定していました。

2 最高裁は,「民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・ 民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日 第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は 一部について負担すべき場合があると解すべきである。 また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合 には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。」と判示し, 「被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができる」としました。

3 弁護士としても,一般論として違和感のない結論だと思いますし,実務的には,実際にどれくらくらいの割合や金額の求償が認められるかや,運送会社が保険に加入しているか,加入している場合には保険料の増額分をどのように考えるか等も問題となり得ると思います。

4 さらに,弁護士出身の草野裁判官の考え方が色濃く出ている補足意見(「通常の業務において生じた事故による損害について,上記のような立場にある被用者の負担とするものとした場合は, 被用者に著しい不利益をもたらすのに対し,多数の運転手を雇って運送事業を営んでいる使用者がこれを負担するものとした場合は,使用者は変動係数の小さい確率分布に従う偶発的財務事象としてこれに合理的に対応することが可能であり,しかも,使用者が上場会社であるときには,その終局的な利益帰属主体である使用者の株主は使用者の株式に対する投資を他の金融資産に対する投資と組み合わせることによって自らの負担に帰するリスクの大きさを自らの選好に応じて調整することが可能だからである。」といういいまわし)も確認しておくとよい思います。