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詐欺的に取得されたDNA型情報に基づく鑑定書の証拠能力が否定された事例

 問題となった鑑定書について、東京高裁平成28年8月23日判決は、「平成27年1月28日,荒川河川敷沿いの甲の曝気施設付近にテントを張って生活していた被告人のところに,埼玉県警察本部所属の警察官であるA及び同Bが赴き,被告人から話を聞きたいと述べた上,荒川河川事務所から入手した資料を見せるなどしながら, 周辺のホームレスについての話をし,その際,被告人に持参した紙コップで温かいお茶を勧め,被告人が飲んだ後,DNA採取目的を秘し,そのコップを廃棄するとしてAが回収したこと,その様子をBが撮影していたこと,被告人が使用した上記紙コップからDNAを採取し,その資料を基に原判示第1の事実にかかる被告人の逮捕状が請求されたこと,その逮捕後の平成27年2月12 日に被告人が口腔内細胞を任意提出し,それについてDNA鑑定をした鑑定書が本件鑑定書である。 」としています。

 同判例は、以下のとおり判示して、鑑定書の証拠能力を否定しました。

「被告人は,・・・ 相手がホームレスの話しかしなかったので,国交省の人間だと思い込み,勧められるままに紙コップを手にしてお茶を飲み,被告人が飲んだ後,DNA採取目的を秘し,そのコップを廃棄するとしてAが回収したものと認められる。そうすると,本件においては,Aらは,Aらが警察官であると認識していたとすれば,そもそもお茶を飲んだりしなかった被告人にお茶を飲ませ,使用した紙コップはAらによってそのまま廃棄されるものと思い込んでいたと認められる被告人の錯誤に基づいて,紙コップを回収したことが明らかである。 」

「強制処分であるか否かの基準となる個人の意思の制圧が,文字どおり,現実に相手方の反対意思を制圧することまで要求するものなのかどうかが問題となるが,当事者が認識しない間に行う捜査について,本人が知れば当然拒否すると考えられる場合に,そのように合理的に推認される当事者の意思に反してその人の重要な権利・利益を奪うのも,現実に表明された当事者の反対意思を制圧して同様のことを行うのと,価値的には何ら変わらないというべきであるから,合理的に推認される当事者の意思に反する場合も個人の意思を制圧する場合に該当するというべきである(最高裁判所平成21年9月28日第3小法廷決定参照)。したがって,本件警察官らの行為は,被告人の意思を制 圧して行われたものと認めるのが相当である。」

「相手方の意思に反するというだけでは,直ちに強制処分であるとまではいえず,法定の強制処分を要求する必要があると評価すべき重要な権利・利益に対する侵害ないし制約を伴う場合にはじめて,強制処分に該当するというべきであると解される。本件においては,警察官らが被告人から唾液を採取しようとしたのは,唾液に含まれるDNAを入手し鑑定することによって被告人のDNA型を明らかにし,これを,・・・DNA型記録確認通知書に記載された,合計11件の窃盗被疑事件の遺留鑑定資料から検出されたDNA型と比較することにより,被告人がこれら窃盗被疑事件の犯人であるかどうかを見極める決定的な証拠を入手するためである。警察官らの捜査目的がこのような個人識別のためのDNAの採取にある場合には,本件警察官らが行った行為は,なんら被告人の身体に傷害を負わせるようなものではなく,強制力を用いたりしたわけではなかったといっても,DNAを含む唾液を警察官らによってむやみに採取されない利益(個人識別情報であるDNA型をむやみに捜査機関によって認識されない利益)は,強制処分を要求して保護すべき重要な利益であると解するのが相当である。以上の検討によれば,前記のとおりの強制処分のメルクマールに照らすと,本件警察官らの行為が任意処分の範疇にとどまるとした原判決の判断は是認することができず,本件捜査方法は,強制処分に当たるというべきであり,令状によることなく身柄を拘束されていない被告人からその黙示の意思に反して唾液を取得した本件警察官らの行為は,違法といわざるを得ない。」

「本件捜査方法は,DNA型という個人識別情報を明らかにするため,身柄を拘束されておらずAらが警察官であることも認識していない被告人に対し,紙コップを手渡してお茶を飲むように勧め,そのまま廃棄されるものと考えた被告人から同コップを回収し,唾液を採取するというものであるところ,本件捜査方法は,上司とも相談の上,最初から令状主義を潜脱する目的で採用されたものであることが明らかである上,・・・,Aにおいて,本件捜査方法を採用したことを合理化するため,原審公判において真実に反する供述,信用することのできない供述を重ねているという事情も認められる。したがって,本件警察官らの行為は,・・・なんら被告人の身体に傷害を負わせるようなものではなく,強制力を用いたりしたわけではないといっても,本件警察官らの行為及びこれに 引き続く一連の手続には,令状主義の精神を没却する重大な違法があり,本件鑑定書を証拠として許容することは将来における違法捜査抑制の見地から相当でないというべきであるから,本件鑑定書については,違法収集証拠としてその証拠能力を否定すべきである。」