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労働者に対する損害賠償請求の裁判例

1 使用者の労働者に対する損害賠償請求について、最高裁昭和51年7月8日判決は、「使用者の事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他の諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」と判示しています。

2 労働者の責任制限の基準は、①労働者の帰責性(故意・過失の有無・程度)、②労働者の地位・職務内容・労働条件、③損害発生に対する使用者の寄与度(指示内容の適否、保険加入による事故予防・リスク分散の有無等)とされています(菅野和夫「労働法 第12版」163頁)。

3 裁判例については、判例タイムズ1468号5ページの村木洋二裁判官の「被用者が使用者又は第三者に損害を与えた場合における使用者と被用者の間の賠償・求償関係」に掲載されている裁判例一覧が非常に参考になります。

 以下に、比較的弁護士として相談にのることの多い類型についての裁判例をいくつか紹介します(交通事故類型は除きます)。

⑴ 福岡地裁平成30年9月14日判決

 長距離トラックの運転手であった労働者が突然失踪したことにより受注していた運送業務が履行不能となった事案で、「労働者は、労働契約上の義務として、具体的に指示された業務を履行しないことによって使用者に生じる損害を、回避ないし減少させる措置をとる義務を負うと解される」と判示し、履行不能となった業務の受注金額から経費を控除した金額について労働者の損害賠償義務を認めた。

⑵ 東京地裁平成17年12月14日判決

 予算が決められた工事を発注する場合には予算を超えて発注することは許されておらず、金額を決めずに発注することも許されていないにもかかわらず、建設会社の製作推進部統括部長が見積りを取ることなく発注をし、これを隠蔽したまま退職したことに対して、会社が取引先に支払った金額を損害賠償請求した事案で、損害賠償義務を認めた。

⑶ 東京地裁平成15年12月12日判決

 中古車販売会社の店長が、客から代金全額が入金されてから納車するという会社のルールを知りながら、入金がない段階で車両を客に引渡して回収不能となった事案で、損害賠償義務を認めた。

⑷ 大阪地裁平成11年1月29日判決

 課長の地位にあった労働者が、見積価格での商品の仕入れが可能であったにもかかわらず、あえて1割高い価格で仕入れをした行為が会社の利益に反する背任行為に当たるとして、退職金の不支給及び会社からの損害賠償請求を認めた。

⑸ 東京地裁平成4年9月30日判決

 労働者が入社約1か月後の退職により会社に与えた損害200万円を賠償する旨の合意が有効であると判断し、うち70万円の損害賠償義務を認めた。