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国会召集要求があった場合に合理的期間内に国会を召集するのは憲法上の法的義務であると判断した那覇地裁令和2年6月10日判決

 国会議員である原告らが,その他の国会議員とともに,平成29年6月22日,内閣に対し,憲法53条後段に基づき,衆議院及び参議院の臨時会の召集を要求したところ,それから98日が経過した同年9月28日まで臨時会が召集されなかったことについて,内閣は合理的な期間内に臨時会を召集するべき義務があるのにこれを怠ったものであり,その結果,原告らは臨時会において国会議員としての権能を行使する機会を奪われたなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,損害賠償請求した事案です。

 裁判所の憲法53条後段についての判示は以下のとおりです。

 「憲法53条後段は,「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば,内閣は,その召集を決定しなければならない。」 と定めており,この規定の趣旨は,前記のとおり,少数派の国会議員による臨時会の召集要求を認め,内閣ではなく少数派の国会議員の主導による議会の開催を可能にするという趣旨に基づくものと解され,その文言からも,内閣は憲法53条後段に基づく要求を受けた場合,臨時会を召集すべき憲法上の義務があるというべきである。」

「しかし,内閣が,憲法53条後段に基づき,臨時会召集の要求を行った 個々の国会議員に対して,憲法上,臨時会召集の義務を負担するものかどうかは,同条後段の文言上からは必ずしも明らかでない。この点,国会議員には憲法上,歳費請求権(憲法49条),不逮捕特権(憲法50条),発言表決の無答責(憲法51条)といった権利が認められるところ,これらの権利に係る条文は,いずれも「両議院の議員」を主語としており,文言上も,議員としての具体的権利を定めていることが明らかであるが,憲法53条後段はそのような規定となっておらず,ほかに憲法上,個々の国会議員に内閣に対する臨時会の召集要求権を認める趣旨の明文の規定は見 当たらない。また,憲法53条後段は,「議院の総議員の4分の1以上」の召集要求に対して内閣が臨時会の召集をしなかった場合の具体的効果について規定しておらず,内閣に臨時会の召集を強制することができる旨をうかがわせる規定も存在しない(ただし,このことをもって,憲法53条後段に基づく内閣の臨時会の召集義務が単なる政治的義務にとどまるも のと解することはできない。)。そして,憲法53条後段は,「議院の総議員の4分の1以上の要求」がある場合に内閣に臨時会の召集を義務付けているところ,その文言からは,「議院の総議員の4分の1以上の召集要求」があった場合に,内閣に臨時会を召集するべき憲法上の義務が生じるものと 解するのが自然であって,それを超えて,「議院の総議員の4分の1以上の召集要求」があった場合において,内閣が,当該召集要求をした個々の国会議員に対し,臨時会を召集する(国賠法1条1項の)職務上の法的義務を負担することまでを規定したものとはただちにはいえない。なお,臨時会の召集要求をした「議院の総議員の4分の1以上」の国会議員総体について,憲法上,内閣に対する臨時会の召集要求権を観念した上で,内閣は,召集要求をした「議院の総議員の4分の1以上」の国会議員総体に対し,臨時会を召集する(国賠法1条1項の)職務上の法的義務があると解する余地もあるが,この場合において,内閣が召集要求をした国会議員に対し, 国賠法1条1項に基づく損害賠償義務を負うと解するならば,結局,個々の国会議員に対する内閣の臨時会の召集義務を認めたことと同一の結果となる。そして,憲法53条後段に基づき召集される臨時会には,召集要求をした国会議員のみならず召集要求をしなかった国会議員も出席することが予定されるところ,憲法53条所定の臨時会の召集要求があったにもかかわらず,内閣が臨時会を召集しなかったというような場合(不当に臨時会の召集を遅延した場合も含む。)には,召集要求をした国会議員のみなら ず,召集要求をしなかった国会議員もその出席の機会を奪われることになるが,召集要求をしなかった国会議員についてまで,内閣が国賠法1条1 項所定の損害賠償義務を負うものとは考えにくい。そうすると,仮に内閣が本件召集要求を行った国会議員に対してのみ国賠法1条1項所定の損害賠償義務を負うと解した場合には,召集要求を行った国会議員と行って いない国会議員とを区別することとなるが,いずれの国会議員も「全国民の代表」(憲法43条1項)として基本的には同一の地位ないし役割(多様な国民の意向を汲みつつ国民全体の福祉の実現を目指して行動することなど)を有することに照らすと,臨時会の召集が適法に行われないという全国会議員にとって共通の出来事について,召集要求をした個々の国会議員に対してのみ,国賠法1条1項に基づく損害賠償を認めるというのは,いささか不自然の感を否めない。そして,国賠法1条1項は,民法709 条と同様,公務員が故意または過失により違法に国民の権利利益を侵害して,国民が具体的な損害を被ったという場合に,その損害を賠償させることにより,被害者である国民が被った具体的な損失を回復させることを目的とするものと考えられるところ,憲法53条後段所定の召集要求がされ たにもかかわらず,内閣が当該召集要求に従わずに臨時会を召集しなかっ たというような場合において,当該召集要求をした国会議員が被る不利益ないし損失というものは,臨時会における自由な討論等を通じて「全国民の代表」としての国会議員の役割を果たすことができなくなるというもの であり,こうした臨時会を開催されることによる国会議員としての利益は,極めて政治的な性格を有するものであって,国会議員の個人的な利益(私 益)ではなく,国民全体のための利益(公益)といえるものである。そうすると,憲法53条後段に基づく召集要求があったにもかかわらず,内閣が適法に臨時会を開催しないといった事態は,当該召集要求をした個々の国会議員に対する金銭賠償を行うことによっててん補されることで回復するといった性質のものとは考えにくいところであって,国賠法がある行為を違法と評価することによってその行為の適法性を確保するという機能を営むものであるとしても,このような場合の救済として,国賠法1条1項に基づく損害賠償を認めることは,国賠法1条1項の制度趣旨に必ずしも沿うものとはいえない。そして,前記のとおり,内閣に臨時会の召集 を強制することができる旨をうかがわせる規定も存在していないことか らすると,国賠法1条1項に基づく損害賠償を認めることによって,事実上,内閣に対し,臨時会の召集を間接的に強制する結果となることも憲法 20 上は予定されていないものと考えられる。」として,国賠法上の違法性を否定しています。

 弁護士としては,統治行為論についての判示も確認しておくべき重要な裁判例といえると思います。