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労働関係訴訟の実務〔第2版〕第16講「普通解雇と解雇権濫用法理」を読む。

 標記の本は,労働事件の実務を担当するうえで,是非とも参照するべき文献の一つだと考えられています(今年愛知県弁護士会で実施されている労働法ゼミのテキストでもあります。)。

 第16講「普通解雇と解雇権濫用法理」は,伊良原恵吾裁判官の担当です。

 伊良原裁判官の問題意識は,普通解雇,特に「能力不足,成績不良等の人的理由による」普通解雇の有効性判断について,単なる杓子定規的な「準則」的運用ではない,一定の予見可能性と具体的妥当性をもたらす「もの差し」(判断基準)の探求を行うべきという点にあります。

 上記「ものさし」とは,具体的には,①将来的予測の原則,及び,②最終的手段の原則,を指します。

 内容として,それぞれ,①雇用契約の履行に支障を及ぼす債務不履行事由が将来にわたって継続するものと予測される場合に(根本論文「ドイツの議論状況も参考にすれば,継続的契約関係における契約の解消手段としての「解雇」は,「解除」と異なり,将来効を有する権利として,過去の債務不履行に対する単なる制裁として位置づけられるのではなく,その目的は契約関係が何らかの事情で破綻しているため,将来に向けて継続的契約関係を解消する点にある。したがって,解雇権のこうした本来的な性格に鑑みれば,解雇事由が現に客観的に存しているだけでなく,将来においてもその事由が継続することが解雇に際して求められることは必然的な要請であると考える。」),②その契約を解消するための最終手段として行使されるべきもの(根本論文「解雇権という,継続的契約関係の他方当事者の利益に必然的に影響を与える契約解消型形成権に伴って課される必然的な要請(他者の利益を侵害する故に目的と手段が均衡することが要請される)だと考える」)と主張しています。

 労働者側の主張立証上の留意点として,使用者の雇用維持義務を大きく後退させるようなものではないことを明確にした上で使用者の労働能率・勤務成績に対する評価に対する反論に加え,指導・注意に従ったか,向上への意欲はあるか,労働能率・勤務成績不良もやむを得ないといえる合理的な特段の事情があるか,が挙げられています。

 使用者側の主張立証上の留意点として,就業規則記載の解雇事由に着目した立証に加え,労働能率・勤務成績向上のための指導,注意等をしたか,人事管理に不適切なところはなかったか,採用時に特段の能力があることを条件としていたか,他に配置する部署が存在したか,本人の雇用を継続することによって会社業務の正常な遂行に与える影響は大きいか,という点があげられています。

 伊良原裁判官の問題意識は,根本到教授の論文を参考としたものである旨明記されているところですが,実務でよく参照される類書にはない視点ということもできそうであり,一弁護士としては,慎重な検討が必要なのではないかという感想を持ちました。

 伊良原裁判官は,17講「解雇事由が併存する場合における解雇権濫用法理の運用」も執筆されており,あわせて参照するべきだと考えられます。

 特に,就業規則に規定された普通解雇事由についての例示列挙説と限定列挙説の対立の実務上の意味についての分析は参考になりました。