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就業規則による労働条件不利益変更に対する個別合意の位置づけ

 就業規則の変更により労働条件を不利益に変更する場合,当該変更について労働者の個別の合意を得た場合,当該労働者との関係で労働条件の不利益変更の可否をどのように考えるかについて,労働契約法の解釈に関連して議論があります。

 労働契約法9条の反対解釈及び同法8条を根拠に,専ら当該合意をもって労働条件変更の合理性を問題にすることなく就業規則による労働条件変更が適法に認められるとする見解と,個別合意があるとしても変更された就業規則の周知及び合理性という労働契約法10条の要件が満たされない限り労働条件の変更は認められないとする見解があります。

 最高裁平成28年2月19日判決(山梨県民信用組合事件)は,「労働契約の内容である労働条件は,労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり,このことは,就業規則に定められている労働条件を不利益に変更する場合であっても,その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き,異なるものではないと解される(労働契約法8条,9条本文参照)。」と判示し,前者の見解に近い立場を示しています。

 前者の見解に立ったとしても,合意の認定は慎重になされるべきであり,上記最高裁は,「本件同意書への同人らの署名押印がその自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽く」していないとして,対象労働者による請求を棄却した原審東京高裁の判断について,破棄差戻しの判断をしています。

<参照 労働契約法 第二章 労働契約の成立及び変更>

(労働契約の成立)

第6条 労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する。

第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において,使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には,労働契約の内容は,その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし,労働契約において,労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については,第12条に該当する場合を除き,この限りでない。

(労働契約の内容の変更)

第8条 労働者及び使用者は,その合意により,労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

(就業規則による労働契約の内容の変更)

第9条 使用者は,労働者と合意することなく,就業規則を変更することにより,労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし,次条の場合は,この限りでない。

第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし,労働契約において,労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については,第12条に該当する場合を除き,この限りでない。

(就業規則の変更に係る手続)

第11条 就業規則の変更の手続に関しては,労働基準法(昭和22年法律第49号)第89条及び第90条の定めるところによる。

(就業規則違反の労働契約)

第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効とする。この場合において,無効となった部分は,就業規則で定める基準による。

(法令及び労働協約と就業規則との関係)

第13条 就業規則が法令又は労働協約に反する場合には,当該反する部分については,第7条,第10条及び前条の規定は,当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については,適用しない。